□  「90度の関係」                                             平成14年12月16日



 「90度の関係」。べたべたしたもたれ合いの関係もいやだし、かといって一人では生きて行けない、「対立」し合って背比べしながら伸びていく関係も今の時代にそぐわない。親しい間柄でも「90度の関係」が最高。並んで座る関係、360度の関係では近寄りすぎ、向き合った180度の関係では気づかれする。身近な食事。もともと食事をする事は人間の数ある欲望のなかでも根源的な欲望のひとつ。食べる行為はストレートな欲望表現。特に日本人にとっては見られたくない欲望のひとつなのかも知れない。少しでも気を許し合える関係となればお互いに食事をし合うテーブルに付く事になる。コミュニケーションは始まるし仲間意識を培うのにも役立つ。男女の関係でも同じことは言えるがそれでもお互い90度に隣り合わせた食事が落ち着ける。

 「180度の関係」。お互いに見つめ合って向きあう関係だからただ座っているだけでも疲れてくる。何人かの人前で「180度の関係」で話をするにはそれなりの準備をして自分の考えている事を聞き手に伝えていくわけだから大変といえば大変。緊張もするし話の中身も組み立てていかなければならない。気づかなかったのは前の席にただ座っているだけでもかなり疲れるという事。今まで聞き手に廻っていたのが最近ただ前の席に自分があてがわれただけでじーっと座って何も話をしなくても疲労感はやってくる。向き合って見られている疲労感は話し手として聞き手に話しかける感覚と別のものがある。

 「360度の関係」。横並びの関係になるから同じものを眺めて語り合い、一緒に前に進む関係となる。横並びの食卓風景を常に映画の流れの中の一場面として演出した、松田優作・伊丹十三出演の「家族ゲーム」(1983年日活ATG)が思い出される。どこにでもありそうな、幸せそうに見える平凡なごく普通の家庭に雇われた一風変わった家庭教師(松田優作)が貧弱な形だけの家族関係を壊していくストーリー。家族全員でいつも横並びの関係、カウンターで肩を寄せ合いながら食事を食べている、全員で一体感を持って同じものに向かっている事になる。裏返してみてみるとみんなで同列であるのは良いが、例えば父親は父親らしい役目を果たさない、意見を言わない、結局毎日がただながされて行く。家族全員で中身はバラバラ。正面きって向き合っていない家族像を横並びの食事風景が象徴的に描き出している。

 日本人の人間関係は、みんなで何かに向かって行動する「360度の関係」が理想。屋台で、カウンターで、ベンチでそしてテレビの前でみんな横並び、仲間意識を持って語り合い行動する。横並びの関係だから「きずな」は深まっていく。きちんとしっかりお互い向き合って言いたい事を言う欧米人と違うところはこんなところかも知れない。「対立」をしながらしっかり自分の意見を述べていく「180度の関係」も苦手だし、ましてや一人で「自立」は出来そうにない。それでもみんなで手をつないで行動して行くだけで目標に向かっていくことが出来る時代は少し前までの話。近そうで近くない「90度の関係」、気楽に席を外せるし、目を合わせることなく向き合えることも簡単、「対立」も「自立」も自由、すべてに亘って心地よい関係であることだけは確かだ。

                                          (青柳 剛)



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