「良いこと」と「悪いこと」                                           平成15年8月22日


 水気を一杯含んだ重たい雪が降る中学生時代の春先の下校時、2キロ近くある道のりを級友とふざけながらゆっくり走る車を見つけては後ろのバンパーに隠れて乗って帰ってくる遊びは本当に楽しかった。スリリングな危険と隣り合わせだから楽しさは倍増する。楽しくうきうきした気分で家に帰るとなぜか家の中の雰囲気がおかしい。父親が寝ている。急にめまいがして体調を崩して医者まで来ている。丈夫だと思っていた父が調子を崩し始めたのはこの頃からだった。はしゃぎすぎた後にやってくるのはこんなものだとの気持ちはこの頃から抜けなくなってしまった。「良いこと」も「悪いこと」も足し算してプラスマイナス、少しでもプラスなら結構、ゼロでも仕方がない。「良いこと」ばかりが続く筈がない。人生とはそんなもの。順風満帆の人生があるはずがない。

 「悪いこと」はなぜか不思議に重ねて起きてくる。何年間もなんともなかったお金をかけた義歯もどこかに出かける直前によせばいいのに食べつけない食べ物をそんなときに限って食べるから外れてしまう。慌てて歯医者に行って仮止めしなければならない。そうかと思えば出かける前にみっちりウオーキングとジョギングを繰り返した挙句の果てが足の裏に豆まで出来て痛い。足を庇いながら筋トレに励むから別の筋肉まで変に痛み出すし、筋肉が張り切って頭痛まで出てくる。動きが鈍い、下手をするとたまった乳酸の相乗効果となって痛風になりそうになる。仕事も同じこと、ひとつの仕事の受注を外すと立て続けに外れていく。いくら頑張ってみても駄目なときは駄目、ただ安い価格だけで仕事に結びつかなかった事例は数え上げればきりがない。ちょっとしたタイミングひとつで逃げて行ってしまった仕事もある。その場で決めてしまえばと後悔しても後の祭り、こんどこそはと意気込む顔がむき出しになるから又駄目になる。「悪いこと」はとどまることなく悪循環しながら続いて起きてくる。

 建設工事の安全も同じこと。何年間も無事故無災害で過ごして来たのに無災害記録何百日とわざわざ安全大会などで発表した途端、悪い事故は起きてくる。一度起きだすと止まらない。この前までの無災害記録はなんだったんだろうと首を傾げたくなってくる。朝礼で現場までの交通事故を注意した途端あっという間に交通事故の知らせまで入ってくる。事故がおきるのは気が抜けた、仕事の仕舞い際と決まっている。一日の仕事の仕舞い際、一週間の仕事の仕舞い際、一年間の工事の仕舞い際、年度末に災害は起きてくる。仕事が終わって良かったと思って気が抜けた途端に悪い事故は起きる。足場の解体をしながら最後の二段目ぐらいになると本当に事故は起き易い。良いと思って気が抜けるととんでもない悪い事故に結びつくのが建設工事の事故、事故の起きやすい時期に各地で全国安全大会が繰り広げられるのもこんなところから来ている。

 義歯が抜けてしまうのも30年近く経ったからしょうがないと思っていても歯が取れれば気も抜け心は沈む。事故が起きるのも慣れが原因。理屈は分かっていても「悪いこと」は続けて起きる。株価が一万台になってきても本当に景気回復の兆しが見えてきたのか不安は拭えない。冷夏はきっと悪い循環に拍車をかけていく。デフレスパイラル、どんどんマイナスに経済が落ち込んで何をやってもうまくいかない状態が日本経済全体を包んでいた。浮かれた「良かったとき」の、バブルの時の反動、「悪いとき」と言ってしまえばそれまでかもしれないが「良いこと」の後には必ず「悪いこと」はやってくる。勝利の女神はじっとしていないし、お金のことを「おあし」とはよく言ったものだ。すぐに逃げていく。順風満帆の人生はあるわけがない。それでも逆に考えてみると「悪いこと」ばかりは続かない。「良いこと」は必ずやって来る。人生はプラスマイナスゼロでいい、少しでもプラスなら十分だ。

                                          (青柳 剛)

ご意見、ご感想は ndk-aoyagi@ndk-g.co.jp まで


「森の声」 CONTENTSに戻る