「過去」は引きずられていく。特に「良かった過去」は身近な出来事でも引きずられていく。今から来年の3月末位まで東京駅の新幹線ホームでのイルカの「名残り雪」のような光景に、相変わらず毎年何度でも出くわすことになる。人生、出会いと別れの繰り返し、又明日は太陽が昇るとともに自然にやってくる。そしていつかは一人っきりになってしまうのは間違いない、「今は今」と割り切ってしまえばそれっきりの筈なのになかなかそうはならない。新幹線がホームを離れ、見えなくなるまでのついさっきまでの「過去」が「名残り雪」のイメージと輻輳しながら出会いと別れがいつまでも引きずられていく。良い思い出としての「良かった過去」は、確実に身近な生活の中でさえいつも引きずられていく。
「3分前は過去」とは先日の週刊誌に載っていた人気女性モデルの口癖を揶揄した記事。今あったこともすぐに忘れてしまって次の事へと進んでいく女性モデルのおおらかな逞しさと、今あったことをたちまち過去に意図的に置き換えてしまうことによって過去の蓄積をどんどん貯めていきながら次のステップにしていく女性モデルの強い生き方が伝わってくる。「今を今」としていつまでも思い出に浸って引きずることを繰り返していたら、めまぐるしく変化していく、狭くて濃い芸能界の人間関係の荒波の中では決して生きていけない。ただ消耗していくだけ。みんな「今の今」起きていることも、もちろん幾日前のことも同じ、「3分前は過去」。「良かった過去」も「悪かった過去」も「3分前は過去」と一括りにしてしまうことによって芸能界でのしたたかさが培われていく。
「悪かった過去」は早く記憶から消し去りたがるのが人の心情。それでも「悪かった過去」を忘れずに引きずりながら糧にして頑張ってきたのが戦後の日本。300万人の命が消え、一夜にして東京は荒れ野と化し10万人の人が亡くなった東京大空襲、もうあんな悲惨な戦争は二度とあってならないといつも日本人の心の中軸に据えてきた「悪かった過去」。荒廃した国土の建て直しと悲惨な生活からの脱却。とんでもなく「悪かった過去」をバネにして、マイナスからのスタートを頑張り抜いて世界中を驚かせ、高度成長をあっという間に成し遂げた日本。敗戦国日本の成功ビジネスモデルを戦勝国アメリカ、世界中が参照した。引きずられる筈のない、思い出したくない「悪かった過去」、思いも寄らない頑張り精神を育み、糧となり、良くも悪くも戦後日本経済再生の原動力になってきた。
「過去」は引きずられていく。記憶から消し去りたいのは「悪かった過去」。今では「悪かった過去」の戦争の影まで消えかかっている。残された「過去」はその後の頑張り抜いた高度成長の「良かった過去」の思い出しか残らない。良かったことはいつまで経っても忘れられないからおかしくなる。日本人は、忘れられない「良かった過去」は待っていれば又やってくると期待するから勘違いする。まさかバブルのときのような「良かった過去」まで期待する気はなくても右肩上がりの景気がやってきそうな気にさえなってくる。今年が悪くて来年が良くなるなんてことは勿論ありえないし、一歩ひいて今年と来年が同じということも誰も約束してくれない。「良かった過去」は、いつまで待っていても待っているだけでは決してやって来ない。2003年、今年もあと何日かで終わり、「良かった過去」も「悪かった過去」も一括りにして「3分前は過去」にしてしまう位の「乾いた強さ」が求められているのかも知れない。
(青柳 剛)
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