29歳ごろまで殆ど仕事らしい仕事をやっていなかった。麻雀に明け暮れる日々を送っていた。負ける事のない麻雀を打っていた。賭け事としての麻雀から学ぶものは多い。相手の気持ちを読み取り、世の中の流れを見抜く勘のようなものが間違いなく培われる。「顧客第一主義」の精神は29歳ぐらいまでのこんな生活の中から生み出されてきた。東京杉並、20坪の小さな間口の店舗「泥棒市場」から始まり毎年売り上げ30パーセント増、経常利益も30パーセント以上増え、10数年で18店舗を持った上場企業、とんがり続けるエッジな小売業「ドン・キホーテ」の経営者の話(12月11日六本木ヒルズ)である。
従来の常識をひっくり返したところから商売は始まる。創業時はチェーンストアの全盛期だった。綺麗に陳列された商品構成のチェーンストアを追いかけたって始まらない。同じことをやっていても勝てるはずがない。アンチチェーンストア、チェーンストアとまるっきりさかさまの事を考える。「見やすく、買いやすく、とりやすい」のがチェーンストアの基本、「見えにくく、買いにくく、とりにくい」商品構成の陳列はゲーム性が出てくる。訪問客は必ず商品構成の中から新しい意外な商品を見つける発見性の喜びを味わっていく。買うつもりがなかった商品まで手にしてしまう。パワフルな猥雑性の雰囲気をかもし出す圧縮陳列の店舗の顧客ターゲットは若者、夜中まで開いている若者のアミューズメント空間と化していく。絞り込んだ若い顧客の気持ちをくすぐる事に長けている「顧客第一主義」。
パワフルな猥雑性の店舗を支えているのは「顧客第一主義」に基づいた生真面目さとモラル。自分の都合より、自社の都合より、徹底的に顧客の都合を優先していく。社長が店舗を訪れても決して社員は付いていかない。社員の結婚式でも上司の仲人は禁止、変な社員同士のもたれあいからの脱却である。もちろん役得も禁止、お中元お歳暮等の贈答品は一切受け取らない。出入り業者との打ち合わせの自販機のジュースでさえおごって貰えば社員の評価は減点対象になる。徹底して権限を社員に委譲しながらゲーム性を持った仕事のこなし方を目指していく。現場主権主義を貫いていく。仕事のこなし方にもアミューズメント性、猥雑な店作りを支えているのは社内の生真面目さ、ピュアな会社作りに裏打ちされた精神である。
そう言えば建築の世界にも似たような話はある。綺麗に整然と配置され計画された住宅団地、郵便配達の人にとっては分かりやすくて配達しやすい団地。複雑に入り込んだ住宅団地の配達はなかなか難しい。全体像が見えてこないから配りにくい。ところが何度も団地を訪れるうちに変わってくる。整然と配置された団地は分かりやすくても退屈する。身体が覚えてしまう事もあるが入れ込んだ団地のほうが発見の楽しみが出てくるから配っていて楽しくなってくる。無機的なチェーンストアと同じことをやっても勝てない。成功モデルになびいてしまいがちなのが後追い経営。麻雀の読み、顧客のくすぐり方と絞込みが分かっているから出来たアンチチェーンストア「ドン・キホーテ」、エッジな小売業としてとんがり続け、伸び続けているのである。
(青柳 剛)
「ひとびとは、ドン・キホーテとハムレットを二つの典型として扱うが、二人とも「狂気を演じながら世を渡るしかない」という点では、十円銅貨の裏と表ほどにぴったりと同じものであることがわかる。」(寺山修二 さかさま世界史より)
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