久しぶりに建築の話である。かといって難しい建築論を書いていくわけではない。建築のデザインは本来日常生活の延長に位置づけられるものであったのに、いつもコアな世界にのめりこんでいてなかなか抜け出せなかったという話である。建築専門雑誌を読むには建築デザイン畑の自分でも身構えて読まなければ頭の中に入ってこない。ましてや一般の人が読んだらきっと書いてある文章は到底読みきることは出来ない。特に建築評論家が書いた文章は寝ころがって読むわけには行かない。独特の文体がそうしている。ここ数年こういった状況が変わってきた。平積みの一般雑誌のコーナーに建築デザインに関する文字がどんどん目にとまるようになって来た。それも今までなら建築専門家の間でのみ話題になっていた先鋭的な建築デザインの話題を一般読者にとっても分かりやすい題材として取り扱われるようになってきたのである。
手にとって見てみれば見開き3ページの屏風状になった「アウディ」の宣伝がトップに載っている。その「アウディ」の背景スケッチは新潟県松之山町に昨年完成した「キョロロ」。設計者は今話題の建築家手塚貴晴、手塚由比。赤茶けた耐候性鋼板がくねくねと曲がりチューブ状になったかたち、「鉄の蛇」とも言われる。隔週刊の雑誌「PEN」の事である。特集タイトルは「若手建築家の住宅革命!」、表紙も住宅のインテリア、今までの建築雑誌と違って見ていて楽しい。週刊誌を読むぐらいの気楽な感じで読み通せる。それでいて中身の特集の建築作品のレベルも高い。建築雑誌が建築専門家、建築学生を読者層の中心に据えた編集であったものを取り扱う内容は殆ど同じでも読者層を建築デザインに少しでも興味のある人達に幅広く広げた動きである。
月刊誌「カーサ ブルータス」も面白い。今月号なんかはルイス・カーン特集を組んでいる。タイトルも「なぜ、建築ツウは、ルイス・カーンが好きか?」。ルイス・カーンこそ難解だし、作品も分かりにくい。それでも建築の勉強を始めれば辿り着くのがライト、コルビジェ、ミースを通りルイス・カーン。ルイス・カーンの作品、キンベル美術館、ソーク生物学研究所、バングラディシュ国会議事堂などは本物を一度は見てみたい。「カーサ ブルータス」のルイス・カーン特集の解説は分かりやすい。建築写真ひとつをとってみても今までの建築雑誌と違っていろんなアングルから撮ってあるし、誰もいない建築だけに的を絞った今までの静的な建築写真のアングルと違う、実際の人の動きが建築写真の中から浮き彫りになってくるし、ルイス・カーンの人となりも日常生活の延長として語られている。「カーサ ブルータス」のルイス・カーン特集を読めば近寄り難かったルイス・カーンも身近に感じられる。
「PEN」が500円で「カーサ ブルータス」」の今月号が特別価格で930円。普段は「カーサ ブルータス」も880円。建築専門雑誌と較べてかなりの割安感だ。発行部数が今までの建築雑誌と違って多いという事もあるが「アウディ」ももちろんだが、紙面の広告の質も違う。車、パソコン、サングラス、時計、服装、レストランなど今話題になっているお洒落な話題と広告と一緒だから雑誌の価格もリーズナブルなものに出来る。建築専門書のコーナーでしか手にして見ることが出来なかった先鋭的な建築デザインが平積みコーナーで一般読者が読むことが出来る時代になってきた。建築デザインは本来日常生活の延長に位置づけられるもの、特殊な別世界のものと思っていた質の高い建築デザインを身近なものとして受け容れやすい環境が整ってきた。デザイナーズマンション、デザイナーズブランドの家などが売れていくのも充分頷ける。
(青柳 剛)
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