「諏訪田の爪切り」を欲しくて買おうと思ったがなかなか手に入らない。ネットの注文だと時間がかかると書いてある。今注文しても1月末だそうだ。「週刊新潮」を見ていたら商品コーナーに載っていたのでこれはすぐに手に入りそうだと思って電話注文したら、「受注生産ですのでお届けまでに2ヶ月はかかります」とのこと、やはりそう簡単には手に入らない。先日、新潟まで車で出かけたから三条インターで降り、直接買ってくればよかった。週刊誌の価格は7140円(送料別)である。100円ショップで爪切りが買える時代のことを考えれば、爪切りにしてはとんでもなく高価である。イタリア・ミラノの刃物店では2万2千円もする「諏訪田の爪切り」をお勧めで売っているという。それでも、ヨーロッパの世界に名だたる他の刃物メーカーに負けない人気商品のひとつになっている。今日の話は、日本の「ものつくり職人の技術」が世界のブランドになりつつあるという話である。
テレビで何度か放映されてから生産が追いつかないそうだ。そのなかでも、10月21日(日)のテレビ東京の番組は良かった。久しぶりにいい番組を見た。夜の7時から9時まで放映されていた。その中で紹介されていたひとつが新潟三条の諏訪田製作所だった。内視鏡のほんとに小さい電球を作っている会社とか、大田区の衛星パラボラアンテナを加工する金型プレスの工場とか、世界に誇る「ものつくり職人の技術」がいくつも紹介されていた。「諏訪田の爪切り」職人の最後の工程、刃をつける職人兄弟のものつくりにかける情熱はすごい。刃先を光に照らしながらほんの少しでも光が漏れないまでに加工する。そこまでやるかと思うほど、妥協は許さない職人の意気込みだ。こういう刃だから爪の切れ味がいいし、爪を切った後の爪の断面がきれいに仕上がっているのである。爪研ぎなんかはいらない、スパッとした切り口になるという。50もの工程を踏んだこだわりの「諏訪田の爪切り」である。
同じような、世界に誇る日本の「ものつくり職人の技術」といえば、今年の8月に出版された奥山清行の「伝統の逆襲」(祥伝社刊 1680円)も面白い。ハンマーの一撃で車のカムシャフトの最後の仕上げのブレを直してしまうフェラーリの職人の話なんかは最高だ。最先端の技術の仕上げも熟練した職人の勘、手作業に支えられているのである。「価格競争」から「価値競争」への転換、エンツイオ・フェラーリ、マセラッティ・クアトロポルテなどのカーデザインを担当して帰国した奥山の仕掛けは一言で言えば「ものつくりによる地場産業の再生」である。「職人芸の復権」と「ブランド戦略」だ。奥山のデザインによるメガネ、地元で仕掛ける「山形工房」では木工家具や鋳物の製造販売を行っている。日本国内はもちろん最近は海外市場でも顧客を獲得しつつある。必要ではないが欲しくなるもの、生活のために必要だから仕方なく買うものと必要はないが欲しいもの、要はこだわりの商品をいかにつくっていくかが奥山のベースにある。安易な「顧客主義」や「お客様に聞きましょう」との発想からの決別である。日本の職人の突出した能力を引き出しながら、つくる側、売る側、買う側の全員が幸せに思える「ものつくり」へと向かっている。
「諏訪田の爪切り」のこだわり、不必要だと思えるものにまで徹底する。刃先はもちろん、ミラー仕上げもそのひとつだ。外国では「メッキ仕上げ?」と勘違いされたほどまでにこだわる。それにしても、テレビで放映されていた最後の刃をつける75歳の職人の意気込み、昼休みに田んぼの畦道を後ろ向きで歩きながら利き腕でない左手で歯磨きをしている姿には驚いた。身体の中で使わない、衰えそうな部分を常に刺激しようとする姿勢である。75歳になっても、あの意気込みが「諏訪田の爪切り」、伝統の職人芸を支えている。奥山の言うように日本の「ものつくりの技術」は中国ではコピーできない。「価格」から「価値」、「量産」から「一品生産」、「必要はないが欲しいもの」、結局はネットで「諏訪田の爪切り」の一番工程の長い品物を注文した。手元に届くのは4月末、いやいつになるのか分からない、年を越すから2年越しの待ち時間になる。この待ち時間もまたいい、自分だけの爪切りを75歳のあの職人をはじめ、いくつもの工程を踏みながら多くの職人たちが仕上げてくれるという気持ちがそうさせる。ギスギスした薄っぺらな社会にあって、忘れ去られていた「ものつくり職人の技術」、「伝統の逆襲」が始まりだしている。(文中敬称略)
(青柳 剛)
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