ここ数年、会社の玄関とか眼につくところに「とことんやり続けるバグジー精神」という標語をつくって掲示してきた。他の掲示タイトルは変わってもこれだけは変えていない。そもそも「バグジー」とは1991年アメリカ映画の題名、虫けら・害虫・ばい菌という意味の蔑称だが、マフィアである主人公ベンジャミン=シーゲル(実在の人物)の渾名である。ホテルをつくることから始まるマフィアのラスベガスストーリーだが、バグジーことベンジャミン=シーゲルは、いったん切れるともうどうにも止まらない状態になってしまう、徹底的にやり続ける性格を持っている。このバグジーの名前を使った北九州の美容室「バグジー」の成功・挫折・成功と繰り返す数年前に観たビデオが面白かった。それ以来、標語を貼り続けているのである。
ビジネスのハウツウ本は手軽に読めるが、いまひとつ心に残らない。参考になるのはほんの一部分しかないから立ち読み程度で終わってしまうが、ビデオで観て気になっていた美容室「バグジー」の本だったから、ネットで注文して読んだ。書名は感動経営―「ひとり光るみんな光る」(政知出版社刊)、2007年度このジャンルではかなり売れた本の一つである。例によって大きな字、ビデオでの予備知識もあったからあっという間に読み終えた。サブタイトルは「お客様が離れない、社員が辞めない、人が輝く、心の教育と経営」だ。起業時から数年間の成功から醸成された経営者の驕りというか慢心からすべての話は始まるが、信頼していた幹部社員がいいお客を連れて次々と退社することによってあっという間に大ピンチに陥ってしまう。これが挫折の時だが、「辞めていった社員の文句ばかりを言っている」ことと「金と技術」のみに眼が向いていた経営者の愚かさに気づき、今の美容室「バグジー」の成功へと繋がっていく。「西郷隆盛のもとになぜ、忠誠心の強い若者たちが集まったのか?それは西郷自身が己を捨てた人間だったからだ。自身に対する利を考えなくなったからである。欲を捨てたリーダーでないと人はついてこない。欲深い人の下では人は離れるばかりだ」、高級車に乗り、何十万もする洋服を着、鼻高々だった経営者自身の薄っぺらな心構えの決別であり、「人を生かす経営」へと歩みだしたのである。
挫折の後のサクセス・ストーリーの理念は、徹底した「ホスピタリティー・マインド」と「ロイヤリティー」だった。例えばコンビニエンスストアが全国で4万軒、それに比較して美容室が21万件だから競争も激しいし経営能力も試される。「ホスピタリティー・マインド」は一言で言えば「おもてなしの心」、高い技術力を持った幹部社員が抜けた後に気付いたことはこのことだった。「お客様は親愛なる友達だと思ってお迎えしよう。自分の家に招いたように接しよう」、今来店しているお客様に「最大限のサービスとおもてなしをする」ことによって再来店率と紹介客を増やすことに力を入れたのである。「親しい、本当の友人だったらどうするか」を考えることによって接客が変わってくる。お客の都合に合わせて開店、閉店時間も決めていく、24時間予約申し込みを受け付ける、来店時にかかる時間と費用を確認しながらお客の抱く不安を取り除く、待ち時間に退屈をさせない、顧客管理カードを徹底して誕生日・入学・就職祝いのお祝いカードを送る、通りすがりの道案内を聴きに来た人にも最大限の案内をする・・・などなど、「人として当たり前のことが当たり前に出来る」「本当に親しい友人を大切にする気持ちで接する」ことの実践である。そして、お客と感動した心を従業員も共有する、その従業員を褒め称え、インセンティブを与えることによって経営者に対する「ロイヤリティー」が培われてくる。
すべての責任を経営者が引き受け、従業員の負担を軽くする、「責任は経営者、権限は従業員に」との考えも当たり前のようだが、明るい職場づくりには欠かせない。「金と技術」だけに眼が向いていればこの考えになかなか行き着かない。感動しながら従業員が働くことが組織の基本、CSはESに裏打ちされなければ成立しないのである。「従業員が皆、活き活きと働いていることが競争力の源泉で、戸が笑うと言って店の扉まで、笑ってみえる」とはまさにその通り、創業時の成功から挫折そして今現在のサクセス・ストリーと参考になることは美容室「バグジー」の本の中からいくつも見出せる。眼の前にいるお客様相手の美容室だからこそ出来たことと括ってしまえば思考は止まってしまうが、すべてのビジネスの基本は「ホスピタリティー・マインド」と「ロイヤリティー」と考えてそんなに外れてはいない。「とことんやり続けるバグジー精神」の標語、当分の間、変えるわけにはいきそうもないのである。
(青柳 剛)
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