建築のデザインを足し算型と引き算型のデザインをするタイプに分けるとするならば、内井昭蔵(1933−2002)は足し算型の建築家である。極論すればデザインに装飾を付け加える建築家のことをいう。もちろんデザイン要素を足しながら加えていくわけだから、建築の部分が物語性をもって語りかけてくることになる。建築を体験する人にとっては分かりやすく、発見性もあり、意心地の良い建築空間となる。宗教建築にいくつか携わったことにもよるが、直接手で触れる感覚から建築全体に亘ってまで穏やかな雰囲気が漂っている。実際、内井の建築デザインは分かりやすいし、住みやすそうである。内井の代表的な論文「健康な建築」、タイトルからして内井の人となりを表現しているのである。
「県立尾瀬高校自然環境科棟」は1997年に竣工した。大規模な木造校舎である。沼田を抜け日光に向けて国道120号線を走り片品村に入ると左手に見えてくる。切妻状の瓦葺の大屋根、外壁は自然素材、薄茶色の珪藻土で仕上げられている。1階は暖炉を中心に据えたミーティングルームを挟んで両サイドにアトリエ、工作室などが配置され、2階は暖炉の煙突をそのまま利用したミーティングルームその2とワークスペース、書棚などが置かれたH型の平面構成になっている。ミーティングルームと直接的に関わりを持つデッキテラスが建築全体の中庭として機能し、気持ちの良い教育空間を演出するのに役立っている。関越高速道路から北に向かって前橋を過ぎたあたりに見える「前橋高等養護学校」、同時期に同じコンセプトで建てられた教育施設である。
内井は早稲田大学建築学科出身、菊竹清訓事務所に在籍した後、1970年に「桜台コートビレッジ」で日本建築学会賞を受賞した。複雑な敷地形状を利用しプライバシーを確保しながら、住居ユニットとしてのボックスを巧みに組み合わせて出来上がった道空間としての外部空間の評価は高い。槙文彦の「代官山ヒルサイドテラス」と共に都市型集合住居の代表作品として語られてきた。その後、YMCA野辺山青少年センターで吉田五十八賞、「世田谷美術館」(86年)で毎日芸術賞ならびに日本芸術院賞を受賞している。ロシア正教のクリスチャンであった内井は宗教建築も多いが、新発田市の求心性のある吹き抜けを持った「蕗谷虹児記念館」(87年)は小規模だが瀟洒な精神性の高い美術館である。
足し算型の設計、突き詰めれば「装飾」に置き換えられるが「建築と装飾」というテーマで語った内井の講演が建築に対する姿勢を物語っている。「人間は骨格だけでは魅力がない、肉体の魅力が必要です。人間の姿・イメージをどこで見るかというと、それはディテールあると私は思います。ディテール、あるいは装飾です。建築の中に人間を見出し、建築の中に自然を見るという、このふたつが、実は建築をつくっている大きな要素だと思います。建築は文化であるといわれます。文化としての建築はというのは、いわば場所と時間と人間というものの精神を表現したものです」(88年・東西アスファルト事業協同組合講演録より)どちらかといえば引き算型の設計をする建築家が多い中、数少なくなってきた日本的な本流を歩んできた建築家の1人が内井昭蔵である。
(青柳 剛)
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