□ 下町気分でiPod                                                                      平成21年4月20日


 ハレの日の気分になると、小さなことでも、いつもと違う行動になる。アップルの携帯音楽プレーヤー、「iPod」を買った。去年の今頃、品川戸越銀座にある小さなマンションの管理組合の役員になった。順番に回ってくる役員だが、引き受けるからにはいい加減にするわけにはいかない。そう思って1年間、欠かさず出席した。今年度は、普段と違って、前からの懸案だったマンションの大規模修繕計画があったから大変だった。2度目の会議あたりから紛糾しだした。どこの建設会社に頼むかから始まって、積み立ててきた資金の範囲で出来るのか、金利はどうなるのか、もっと安く出来るのではないか、最後には大規模修繕そのものを見直したらいいんじゃないかとか、日を追うごとに議論は過熱した。建築の生産システムを良く分からない人達の行き着きそうな議論といえばそれまでだったが、結局は、1年間かけてようやく落ち着くところに落ち着いた。当初どおりの案を少しだけ減額することだけで、大規模修繕がスタートすることになり、1年間の管理組合の役員も無事終了したのである。

 こんな小さな会議でも終わってみれば、達成感は生まれてくる。そんな気持ちもあって、会議の終了とともに戸越銀座の中華料理屋「百番」で昼飯を食べながら、締めくくりの気持ちで、小さいグラスの生ビールを飲んだ。この店の味はいい、価格もリーズナブルだから、いつ行っても昼飯時は混み合って待たされる。戸越銀座の活気を支えている店のひとつだ。その後は、「ABC MART」に行ってジョギング用の靴を買った。靴は履いてみて買わないとうまくいかない。靴を片手に持ちながら、地下鉄都営浅草線に乗って東京駅に向かうが、気持ちはまだ上機嫌、結局乗り換えずに「そのまま浅草まで行ってみるか!」という気分になって本所吾妻橋まで行ってしまった。あの日は商店街の賑やかな下町気分、久しぶりに、ジャポニカというかキッチュな街並みを歩いてみたい気分になったのである。吾妻橋際のアサヒビールの建築はキッチュそのものだし、浅草寺界隈がつくりだす、切り取られた「日本らしさ」も歩いてみると楽しい。

 1時間ほど人混みの中を歩いただろうか、最後に浅草寺の前の「どら焼き」を買おうと思ったら、もの凄い数の行列だった。数年前はこんなことはなかった、簡単に買えた、テレビの影響は凄い。帰りは同じルートではつまらない、電車をやめて、日の出桟橋まで遊覧船でいつもの逆コースを辿ってみるのも面白い、そう思って遊覧船に並んで乗ることにした。いつもこの船に乗って東京の街並みを眺めると、別の感覚になる。見慣れた東京の街並みを海側から距離を置いて眺めると、都市の全体像がはっきりと見えてくる。高いところから眺める鳥瞰とは違って、低い目線で都市の塊がシークエンスなって見えるから面白いのである。それにしても東京はどんどん変わる、塊どころか超高層の壁の様相を呈してきた。品川、汐留、東京駅周辺とそのうち壁が繋がってしまうのかもしれない。そんなことを考えながら、今度も思い立って急に変更、日の出桟橋の手前の浜離宮で途中下船した。

 浜離宮で咲き始めた梅を眺めて、歩きついでに銀座まで向かった。いつの間にか陽は翳りだしていたが、相変わらず宵闇の銀座の人通りは多い。戸越銀座の会議の後、ちょっとしたハレの日の気分から始まって、一日、人ごみの中を良く歩いた。賑やかそうな気分を求めていた気持ちがそうさせたのかもしれない。そして、最後の締めくくりに銀座松屋の向かいのお洒落なアップルの店に足が向いた。下町気分だけでは一日が終わらない、今度は生活感の消えた雰囲気を味わいたい。いつ行ってもアップルの店はアナログ人間の理解の範囲を超えている。画面を触るだけで画像が変わるなんて考えられない。あちこちいろいろな機種を手にとりながら、結局、アップルの店限定の赤い色の「iPod nano」を買った。戸越銀座のちょっとした達成感が形に残るし、買い物をすれば気分もすっきりする。「下町気分でiPod」、このアンビバレンツがいい、懐かしい石川セリから松任谷由美、最近は平原綾香とEXILEを聴きながら、あの春の一日が鮮明に甦ってくる。(青柳 剛)

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