今では中途半端に雪が降る地域に住んでいる。ふり返ってみれば、今年の冬の雪の降り方は、中途半端な降り方に一層拍車がかかった冬だった。暮れの全国ネットのテレビ局が取材に訪れた目的は、この中途半端に雪が降ることに焦点を絞った取材だった。公共投資削減の影響が大半を占めているのだが、中途半端がゆえに、除雪体制を体力の弱った建設業界がしっかりと組むことが出来ない状況を取材していった。案の定、取材の前の晩にはかなりの雪が降っていたが、当日はもう雪は消えてなくなりそうな気配になっていた。それでも夜から早朝にかけての取材で何とか中途半端に雪の降る地域の除雪体制の難しさを問いかけた取材を終えることが出来た。冬になれば毎日雪が降るのでもなく、晴れたと思っているとまた朝には雪が降る、こんなことの繰り返しが続く地域に住んでいるのである。
確かに昔、子供の頃と違って、雪の降り方が変わりだしている。取材の後の正月近辺も雪が降り続いていたが、1月の半ばを過ぎたあたりから雪が降らないどころか、春めいた陽気を感じさせる日々が続きだした。「暖冬、これで今年の冬も終わりかあ」と思っていたら、2月の6,7日にはとんでもない大雪をもたらした。通常30分ぐらいで行き来の出来る国道でさえ、一時間半以上も掛かる大渋滞となってしまった。あたり一面雪の山、簡単に「人力で雪かき」なんていう状況をはるかに超えていた。長靴もすっぽり埋まってしまうほどに降り積もった。そういえば、子供の頃に感じていた雪の降り方は、毎日がこの日のようにしんしんと雪が降り続いていたのである。降り積もった雪で一面雪景色になるのが当たり前の冬を毎年過ごしていたような気がする。 。 冬の遊びといえば、父が知り合いの大工さんに頼んで作ってもらった「木製のそり」を毎日引きずりながら、斜面に上っていっては滑り降りる、そり遊びに明け暮れた。日が翳るまで何度も上り下りを繰り返した。その間、気が向けば雪だるまを作ったり、仲間が集まれば雪合戦、カマクラまで作って雪遊びに夢中になったのである。そんな中、もう名前は忘れたが、少年雑誌に載っていた「アイスキャンデーの作り方」を読みながら、弟と2人で「アイスキャンデー」を作ってみようかということになった。今では「冬にアイス?」と思うかもしれないが、あの頃は夏でさえ「アイスキャンデー」を買ってもらうことは滅多になかったのである。早速、雑誌の作り方どおりに、洗面器いっぱいに塩をまぶした雪を入れ、砂糖水を入れたコップに割り箸を刺し、その周りを雪で固めて一晩置くことにした。うまくいけば、翌朝、甘いサクサクの「アイスキャンデー」ができるはずだった。結果は、期待通りに棒の付いた「アイスキャンデー」が出来ることもなく、何度試しても冷たい無残な砂糖水のままだった。
雪が降り出せば外に出て、雪空に向かって大きな口を開け、次から次へと落ちてくる雪を受け止め、舌にのった冷たい雪が溶けていく感触は子供心に最高だった。あれは、どんどん空から降ってくる汚れのない白い雪、こんなにも沢山あるという尽きることのない幸福感だったのかもしれない。白い雪を使って、もっと楽しいことが出来そうだと思って挑戦した「アイスキャンデー」づくり、あの時に抱いた何本でも出来てしまいそうなワクワク感は昨日のように思い起こされる。結局は1本も出来なかったが、考えてみれば、砂糖が多すぎて固まることがなかったのであろう。それでも、冷蔵庫もなく、甘いものもそんなに頻繁に食べることが出来ない時代、冷たく冷えた甘い砂糖水を兄弟2人で交互にすする味は格別だった。すっぽり雪に埋もれて無邪気に雪と遊んだ記憶は、貧しく切なくも懐かしい。もうすぐ春、中途半端に雪が降りそうな寒い日がまだまだやってきそうだが、やがて沈丁花の匂いがしだせば春風も吹いてくる。季節を踏みしめながら生きている。(青柳 剛)
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