□心臓カテーテル                                                            平成25年12月18日


  「〇○さん大丈夫?」と大きな声をかけてきた顔を見てみれば、午前中病室に入れ替わり立ち代わり入ってきて説明をしていった中の1人、顔は幾分しもぶくれ、背が低くて、「つけまつげ」がひときわ目立つ、あの元気な人の好さそうな看護師だった。大きなマスクと手術用の帽子を被っていて分かりにくい、「つけまつげ」だけが目立っている。「大丈夫?」なんてここで言われても、もう返事のしようがない。「こくり」と力なくうなずくのが精いっぱい、生まれて初めての手術台に寝かされている。手術台のステップを2段上って横になったら、あっという間に5−6人の看護師に囲まれ、右腕をきつく固定されてしまった。今更、逃げ出すわけにはいかない。身体の上にかけられた鉛のシートが冷たく重い。心臓の鼓動の音だけが部屋中に響き渡っている、どんどん早くなっているのが分かる。「麻酔をします!」と手首に思いっきり冷たいアルコール消毒、そう、盲腸もしなかった、歯医者以外にメスを入れたことがないこの身体に、心臓カテーテル検査が始まった。

 心臓といえば、この1年、人一倍気を使ってきた。家族以外、廻りで知っている人は殆んどいないだろうが、万が一のことを考えた「ニトロ」まで持っている。どうしてそうなったかと言えば、1年前の今頃、風邪を引いたついでに「少し心臓が・・・」などとかかりつけ医に相談したことが始まり。風邪の診察の後に心電図、「どこかで心臓の精密検査を」という、診立てだった。その場で処方された薬も「狭心症の薬」と「血液をサラサラにする薬」にまさかの時の舌下錠「ニトロ」。貰った薬の名前をネットで調べてみれば、どれも狭心症を引き起こした患者が飲む強い薬、あっという間に立派な心臓病患者が出来上がったいうことだ。名前の付く病気の宣告、さらりとして、こんなものかも知れない。血管と血液に作用する薬の調整は難しい、自分の身体でないようにフラフラする。それでもこの薬、血管を開きすぎた所為かどうか分からないが、どうも合わない。一週間もしないうちに、激しい痛風を何度も発症しだした。右足の次は左足、そのあとはくるぶし、そしてまた左足と、止まることを知らない痛みが次から次へと襲ってくる。

 「何か変だ」と思っても薬が原因だと気づくのには時間がかかる。人に言われたことをそのまま信じ、変えたくない、素直な性格がきっとそうさせる。ましてや医者の先生に言われたことは疑わない。結局1か月近く飲み続けて出した結論、大学病院の知り合いの先生にもう一度診て貰うことだった。「精密検査」と言われて、東京の心臓専門のクリニックで最先端の「64列CT」で検査した画像を持って出かけてみれば、「う〜ん、石灰質が付いていますが年相応の血管ですよ、もっと弱い薬、血圧に効くか効かないぐらいの薬で十分。何にも飲まなくても良いぐらい、それよりも運動と食事ですね」と穏やかそうな先生の結論はあっけない。「建設業ほど医者のいうことを聞かない人はいない」というおまけのコメントまでサラリという。「少し心臓が・・・」から「なんともない」という結論に達するまでに、痛い足を引きずりながら、2か月もかかったということだ。見る見るうちに痛みも消え、食事制限とランニング、体重は10キロ近い減量にまで成功したのである。

 それが今日は心臓カテーテルの手術台に寝かされている。「こんなに頑張って健康管理をしてきたのに心臓がおかしい?食事は野菜中心、コレストロールも中性脂肪の値も低い、血圧は上が110前後・・・・・」などといくら考えても思い当たることはない。引っかかることと言えば、数年前までヘビースモーカーだったということぐらいか。昨夜は、この一年、我慢してきた好きなケーキをやけ食い状態、ふたつも食べてしまった。気になっていた石灰質のCT画像、「もう一度撮ってみようか」とやってきたら、診断結果が今日の1泊2日の心臓カテーテル検査、血管を拡げる治療になるという。冷たい消毒の後、手首からカテーテルが入ってくる、腕を通って心臓の辺まで届いたようなムズムズ感がする。10分ぐらい経った頃だろうか、「あれっ綺麗ですよ。何ともないですよ。今日帰ってもいいですよ」と予想もしない先生の返事が耳元に帰ってきた。車椅子に乗って手術室から出ると、「〇○さん大丈夫!良かったねえ!運動もどんどんして良いって!」とマスクを外した看護師が目一杯しもぶくれの顔で笑っている。大事に持ち続けた「ニトロ」、「お守り」にでもしようかと考えだしている。(建設新聞 12月17日)


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